佐藤 公俊 / SATO kimitoshi

サウンドデザイナー・ミュージシャン / Sound Designer, Artist


振動マイクを用いたエクスペリメント・ミュージックやパフォーマンス、音の本質へと踏み込むコンセプチュアルなアート作品を制作する一方で、オープンリールデッキを改造し、楽器のように操る「Open Reel Ensemble」の元メンバーとしてトラックメイクの中心を担い、ISSEY MIYAKEなどのファッションショーや映像作品の音楽も手がけた。

またSountrive名義でDJとしても活動し、テクノとエスノを行き交うサウンドシャーマンとして都会の電子音から民族の舞踏までをミックスする。


多摩美術大学 美術学部 情報デザイン学科 情報芸術専攻 卒業
多摩美術大学大学院 美術研究科 デザイン専攻 修了

第14回文化庁メディア芸術祭
学生CGコンテスト インタラクティブ部門 優秀賞 受賞


mail: sountrive.2505@gmail.com


installation

Works : Dimensions of Dialogue

2017.11.30

Sound Installation / Performance


This Sound Performance is about the modern communication problems with the internet. 

This work was inspired by the "Turing test" of Alan Turing , and the player makes a performance who peeled off the tape from the inside of the glass cube, and other player plays  with its peeling sound. 

Contact microphone placed on the surface of the glass. its microphone to converts the delicate sound (peeling the tape from the inside of cube), to noise.






 この作品は私が日々感じる「人と人とのコミュニケーションの難解さ」、特に昨今のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)を用いてのコミュニケーションに内包されている対話者の実存性をモチーフにした音響パフォーマンス作品である。



 1950年、数学者チューリングはコンピューターに知能があるかという、AIに関する実験として「チューリングテスト」を提唱した。このテストはAIの成立問題という主題を持ちながら、「実体の認知出来ない存在とのコミュニケーション」の問題も示唆していると私は考えた。また私は日常的な行動のひとつである「剥がす」という行為によって生じる音の質とダイナミクスレンジの広さに興味を持っていたのだが、その体験がチューリングテストの問題とリンクしたとき、「テープを剥がすという行為は対話のメタファーになり得るのではないか」と私は考えた。「剥がす」行為に必要な繊細さは人と人とのコミュニケーションにも必要であるし、その対話によって人は他者との間にあるマスクを剥がし、ガラスの向こうが見えてくるように相手を「見る・理解する」ことが出来る(奇しくもアラン・チューリングも、チューリングマシンというテープを用いる仮想機械のモデルを発案している)のである。

 そこで私はチューリングテストの中に登場する「ディスプレイ」というモチーフを「ガラス張りの立方体」へ、「質問者の質問」を「剥がされるテープ」へと変換し、ガラス張りの立方体の内部から貼られたテープを剥がすパフォーマーAと、その剥がされる音をコンタクトマイクで拾い音響合成処理を施すパフォーマーBとの演奏、という形へと至った。これが音響パフォーマンスという演奏の形態をとったのは、音楽もまた人と人とのコミュニケーションよって成立するためであり、演奏の中で生まれた音という記号を受け取り、解釈し、自らの意思を持ち相手とコミュニケーションを計ろうとするこの過程を、演奏=対話というかたちで表現しようと試みた。







 ガラスに貼られたテープを「剥がす」という音は現存の発音方法の中にもあまり見られず独特な音色になる。さらにこの作品では普段集音に使用されるマイクではな
く、ピエゾマイクと呼ばれる物理的振動をそのまま電圧へ変換するものを用いるため、ピックアップされた微細なガラスの剥離音はコンピューター上で音響合成ソフトウェア(Max / MSP、Supercollider等)を介し更に加工され、普段聞き慣れた音とは異なる音質・音色を体験する事ができる。


 「ガラスからテープを剥がす音」を再構成することで、その音から記号内容・シニフィアンを剥落させ、剥き出しになった記号表現・シニフィエによる対話はより純粋なコミュニケーションとなる。再構成することで元は同じ記号から、対話者の解釈を付加させ新たな「言葉」での対話を試みようとする。それは日常的な記号とは異なる記号を用いての「コミュニケーション」となるため解釈の差異が生じるが、その差異も含めてお互いのパフォーマーは読み取り、また自らの言語で対話を試みるところに張りつめた「緊張感」があらわれる。


 箱の中に閉じ込められた対象は、さながらケースの中に飾られた精巧な人形だ(それは『ロクス・ソルス』の科学者カントレルが水槽の中に踊り子を閉じ込
めたように)。またパフォーマーが箱の中で蠢いている様相はまるで母の胎内から胎盤を剥がしてでも外界への現出を羨望する胎児の胎動のようでもある。このガラスの箱は「メディア(メディウム・媒体)」であり、「ヴンダーカンマーの陳列棚」でもあるのだ。


 音楽というモチーフが人間にとってひとつのコミュニケーションツールであるように、作品のなかでは「演奏」というかたちで対話を試みている。それはチューリングテストでは質問者の問いかけと、それに対する返答に対応する。ガラス箱の中のパフォーマーがテープを剥がし隠されていた姿をあらわしていくという行為は、チューリングマシンにおいては質問により人工知能の有無の判定のアナロジーであり、エゾテリスト・幻視者が宇宙の理を解き明かそうとする姿に重ねることが出来るのではないだろうか。






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